やるかどうか

こんばんは。シラです。
今日も真我を開いて毎日を過ごすためにブログを書きます。
お読みくださりありがとうございます。


「あとはやるかどうか、自分の選択」


自分の問題。強烈。
今の自分に言い聞かせています。
全てのお膳立てをしてもらっていて、やった人は羽ばたいている。
やったことない自分はびびっている。
でも、えい!ってやったらきっと羽ばたく。
そんなことを今日は感じました。


今日もお昼から夜まで10分ほどの休憩を2回だけのみっちりの講座のサポートスッタフに入って、受講されている方達以上に得たように思います。


佐藤先生の講座ではありませんが、理屈は同じように思います。
とても良い経験をさせてもらいました。


また、今日は娘を保育園に送っていきながら先日のDVDを胃腸しました。


娘に
「これがさとうせんせい?」


「ちがう!これは佐藤先生のお弟子さんのMDさん!パパがとってもお世話になった人!」


「ふーん」


とか言われながら視聴しました。
バックモチベーションノートを配布して、「今あるのは誰のおかげか?原点は誰なのか?」の話をしているところでした。懐かしい話、知らなかった話がいろいろと飛び出してきました。


都合上キリの良いところまで見れませんでしたが、今自分が目に見えている、目の前に現れている現象の背景にフォーカスしていくと…という話でした。


当時僕がむちゃくちゃ感動したバックモチベーション。このブログのタイトルの背景にもさせてもらっています。
「今あるのは誰のおかげか?原点は誰なのか?」


当時は憎まれ役として登場してくれた支店長たちや上司…


だけど今振り返ると、あんなふうに言われたから「なにクソ」って頑張って今がある


あんなにボロクソしてくれたから進路が変わって今がある


当時はまったくわからなかったけれどあなたの影響があったから、こういう決断をして今に至っている


あの時はわからなかったけれど全てのことがあってこそ今があることが腑に落ちたら、特に辛かった出来事や厳しかった人の記憶のひっくり返り方がハンパなかった(笑)


今、勢いに任せて書いてますが、全ての出来事はその時はわからないけれど、全て完璧で、また目に見える出来事の奥深くにある色々な背景にまでに目を向け方とき、表面的な捉え方とまったく変わってくる。


今日相続コンサルタントの講座のスッタフとして入らさせてもらって、表面的なところだけでなくその奥にある背景を深く読み取っていったら感動して溜まりませんでした。


うまく言えなくて歯痒いのですが、今見えている出来事や現象、景色はその奥に目に見えないかもしれないけれど色々な背景が潜んでいること。色々なところに影響を及ぼしていることを思いました。
目に見える五感で捉えられる以上の目に見えないことがたくさんある。


そんなことを思いながら2、3度寝落ちしてキーボードを叩く手が止まっていました、、
おやすみなさい!