グサグサして急所をえぐるSTEP18

こんばんは。シラです。
今日も真我を開いて毎日を過ごすためにブログを書きます。
お読みくださりありがとうございます。


今日から究極の営業プログラムSTEP18を聴いています。


もうグサグサ刺さります。


なぜにこんなにバレてるんだ??と思うくらい。。


本当に今の自分に必要でピッタリの内容なんです。驚くほどに。


昨日の学長セミナーをweb受講して、まだまだ自分は仮面を被っているんじゃないかと思いました。自分でも蓋をして奥のさらに奥に隠してしまって自分でもわからなくなってる自分があるように思えて。


自分を認めれていない、自分を出す勇気がない意気地なしというテーマでワープシートを進めていきました。


究極の営業プログラムSTEP18の後半最後の方に、お面を被っていてお面の下が汚れていたらいつまで経っても汚れたまま。本質はずっと変わらないという話が出てきました。


Q.お客様から「あの人は本当に素晴らしい営業マンだ」と尊敬されるためには、何を心掛けるべきなのでしょうか?

→A.「素晴らしい」と思われようとすると、演技になるでしょ。

だから、あまりそれは奨めていないんです、私は。「素晴らしい」なんて思われることじゃなくて、本当に心からお客様を好きになって、相手のためだけを考えて、相手のお役に立とうということだけでいいんです。

結果的に「素晴らしい」と思われたら、その時には「あ、そう思ってくれたんだ。ああ、嬉しいな」と思えばいいだけであって、「素晴らしい」と思われるためだけにやると、必ず曲がってきます。

そうすると、だんだん表面的な話になっていったり、ちょっと見る目のある人は、誠実さを感じなくなります。「ああ、この人、相当演技しているな」とかね。自分が誠心誠意やることです。ただそれだけです、相手のために。そのことによって、誤解されたら、「あ、誤解された」と、そう受け止める。いいですか。もうちょっとわかりやすく言いましょう。

自分がこんな顔じゃ嫌だからと言って、お面を被って会ったら、その人はお面を私だと思うでしょ。そうすると、お面の下に汚れが付いていたら、一生汚れは取れないわけです。で、お面を自分だと思われているうちはいいけど、もうちょっと前に進んでみたら、、「なんか違うな?」となってきた時に、その人に疑問符が湧いてくるわけです。そして、汚れは着いたままなんです。

だから、いつまで経っても、そのお面の後ろにある本質は変わらないわけです。だから、お面をぱかっと外して、汚れていてもいいんです。

そのまま「こんにちは」って会ったら、「あんた汚れているよ」って言われたら、「あ、そうですか!」って汚れを拭けば、もう汚れは落ちるんです。そうすると、本体が素晴らしくなるわけです。そうして、本体が素晴らしくなれば、どこから見てもバレる心配がないわけです。いや、バレたほうがいいわけ。バレればバレるほど、素晴らしい人になっていく。ということなんですよ。そういう人物になりましょうということです。

だから、自分がむしろふっと気を抜いた時に、素晴らしいと思えるような人物位なりましょうということなんです。構えている時に「素晴らしい」。でもふっと気を抜いた時に、「なんだ、全然違うじゃないか!」というふうな人間になることを、ここではお奨めしてないんです。

どこから見ても、寝起きでも「素晴らしい」。いつでも素晴らしい。むしろ、一緒に生活したほうが良い人じゃないかって、そうさえなれる、そういうことをお奨めしているんです。

そしたら、絶対、皆さんあまり疲れないですよ。疲れない。
演出をしてないから。そのままでやっているから。演出をしたり、演技をしたら疲れるでしょ。
だけどそのままで行けて、そのままが素晴らしかったら素晴らしいでしょ。

佐藤康行「究極の営業プログラム」STEP18【傑】一流の人間になる より抜粋



ここがもうグサグサ刺さって痛い。


そのほかの箇所(というより大半の箇所ですが…)も今の自分に必要だと感じるところがたくさんありますが、一番はここです。


まだまだ仮面を被っている。
自分を出せていない。
そう思うけれど、じゃあどんな仮面の下にどんな自分を隠しているのか自分でもよくわからないんです。


いつだったか東京のN川さんとLINEでやりとりをしてて、僕が幼少期に泣き虫だったのが「男だったら泣くな」と言われそれ依頼ずっと我慢をしてたのを思い出したことや、親に認められたくて周りの人に好かれたくて自分の感情や意志を抑えて親が認めてくれる(とその頃の僕が思う)自分、周りの人が好いてくれる(とその頃の僕が思う)自分を半ば無意識的にずっと演じてきたんじゃないかと思う、というようなことをLINEしたら


「ずっと頑張ってきたんたんですね」


と返事が来て、それ見て夜中一人で号泣したことがありました。


その時のやりとりは「サンタそのものとサンタのふりをしている」というお題のやりとりだったと記憶してます。


僕は真我を開いて真我が溢れてサンタそのものではなくてサンタになりきっている、サンタのお面を被っている、頭の理解でサンタのふりをしているだけなんじゃないかと。


このSTEP18でいうところの「素晴らしい」という評価を得ようとの演技じゃないかと。だから疲れるんじゃないかと思っているわけです。


何を書きたいのか自分でもわからなくなってきたのでこの辺にしておきますが、自分の急所に近いところをエグられているような感覚です。