おはようございます。シラです。昨夜事務所から自宅へ帰る途中にどうしても空腹に耐えらず、唐揚げが食べたくてラーメン屋さんへ寄ったのにメニューに唐揚げがありませんでした(>_<)。家に帰ると僕の分の夕ご飯が置いてあり、食べたかった唐揚げでした(涙)。こういうことってありますよね…。
今日も真我の追求と仕事の実践に焦点を合わせて毎日を過ごすためにブログを書きます。お読みくださりありがとうございます。
Q.目標にする人を作って、その人から学ぶ方が成長は早いと思うんですが、その際の注意点を教えてください。
→A.「確かに成績は良いけど、人間的にもうちょっと何か違うな…」という人もいるかもしれません。
そういう人はもし受け入れられなかったら受け入れないでいいんですよ。なるべく自分が尊敬する人とか、その人に教われば仕事的にも確実にレベルがアップしていくとわかったら、そういう人に教えてもらうことです。
そして、その人から何かを教わる場合は、自分の考えを元にしてやったら、その人を評価していることになるわけですよ。
自分がその先生の話を聞きながら、心の中では自分が先生になっている可能性があるわけ。
その人はまずそこから得られるものはないと思います。ですから、生徒になるのなら完全に生徒になることなんですね。そして、まず教わったままをそっくりやってみることです。
ポイント 人から学ぶときには、完全に生徒になって教わったままをやってみること
私が営業をやっていた時に、ものすごく売るセールスマンがいたわけ。ちょっと知らないところでも、バーッと何十万もするハンドバックを、ちょっと何時間の間にもう5つ、6つ売ってくるくらい天才的な人がいたんです。
私は、これはその人が目標だなと思ってね、「よし、その人をいつか追い抜くくらいのセールスマンになってやるぞ!」というふうに思いました。
ある日、その人とたまたま同じ旅館に泊まったことがありました。それで、その人のご飯を盛ってあげたりして、とにかくその時は弟子に徹しました。もちろん自分にもある程度の自信はあったけど、こんなのは全部捨てて、その人の完全に弟子になりました。
靴を磨いてあげたりいろいろして、「ぜひ、営業に連れて行ってください」って頼みこんで、後ろからセールスするところを見ていたんです。確かにうまいんですよ。その人は背広も黒で統一していてね、ピーッと格好いいんですよ。見るからに私よりもはるかにハンサムだしね、スタイルも良いしね、もう外見から言っても及びもつかない。で、話し方もすごいんですよ。シャープだしね。「あ、これか!」って思いました。
そして、最初は「いや…」って言っているお客様も、話しているうちにだんだん引き込まれていくんですよ。その姿を見たわけです。そして、引き込まれていくうちはっと気がついたら広げているんですよ、商品を。そして、広げる瞬間に靴を脱ぐんです彼は、パッと。脱いでそこに胡坐をかくんです。なぜかというと、お客様が奥に引っ込んで行った時に、靴を脱いで入っていったら家宅侵入になるでしょ。
だけど、最初から靴を脱いでいたら、そのままだから別に…家宅侵入にはならないでしょ。そういうことも全部計算し尽されているわけですよ。で、もう天才的に上手いんですよ。話も早いんですよ。パッパッと。私は「よし、あの人のやっている通りやってみよう!」と思ったんです。で、やってみたんです。
本当にその人のやっているようにその人に負けないぐらいにワーッとやったんです。売れたんです。ところがですね、それからしばらくしてそのお客様の所に行って「こんにちは!」って言ったら、ガチャン!と玄関のドアを閉められちゃったんです。
「ああ、私はこのやり方は向いてない」と思ったの、その時に。でも、まずは一回全部受け入れなきゃわからないじゃない。受け入れて、その通りに一回やってみたから分かったんです。そして、「私は全く彼とは違うやり方でやろう」と思いました。鈍なら鈍で良い。その代わり、誠心誠意真心こめて、お客様の立場になってやろう。
聴くところは聞いて、そして、優しく、柔らかくやっていこう。そういうふうに決めたんです。彼はね、ガチャンとドアを閉められても、そこからまた入っていって売っちゃうんですよ。そういうタイプなの。それはもう凄い。信じられないくらい。私は全く逆のやり方でやりました。その時から本当の私のやり方が出来上がったんです。そのままやってどんどんうまくいったらそれはそれで自分のものになるでしょ。
これは違うなと思ったら、自分のやり方でできるでしょ。どっちにしろ、一回全部受け入れなきゃわからなかったんです。わかりますよね。どっちだっていいでしょ。はっきりわかったんだから、自分の方針がそのことによって。
佐藤康行「究極の営業プログラム」より
昨日息子の個別懇談会がありました。小2にして授業の内容に全くついていけてない、わかってないみたいです。
小学校に上がるときに普通クラスに進学するか、支援クラスにするかという選択で悩みんだ末、やれるところまで普通クラスでいこうと決めました。保育園の先生やリハビリの先生たちなど息子に関わるたくさんの人に相談していた、そのときに障害児専門の小児科医である主治医に、
・親のエゴで普通クラスを選ばないように
・息子の状態から低学年のうちは普通クラスでも良いと思うが、ついていけなくなったその時には息子にとって良い選択をすること
を言われました。
息子が1歳になり妻が職場復帰をしてから、保育園の年長になるまでの5年間、時間に自由の利く僕が仕事もそこそこに息子の才能を発見して伸ばすことに意識も時間も使いました。
主夫(主婦)がパートで仕事する時間くらいで普通のサラリーマンくらい稼いで、あとの時間は息子のためにすべて注ぎました。
もしかしたら何もしなくても伸びていったのかもしれないけれど、1歳、2歳の時には身体、知的で中から重度のレベルだった息子が、3歳の時に手帳取得の申請をしに行ったらギリギリ認められないくらいにまで伸びていきました。その後も健常の子に混じって、知らない人からすると、「そう言われれば、確かにそう見えるけれど全然気づかなかったよ」と言われるくらい、
少しどんくさい子くらいにまでに成長し、
親の僕らも障害があることを忘れてしまうくらい、他の子たちと同じような将来を期待しちゃうくらいにまで伸びてはきてました。
そして息子が年長のときに僕の仕事の状況が変わり、それまでのようにできなくなってしまい、僕は全てをリセット、ゼロスタート。息子とのことを妻へバトンタッチしました。
現在、小学校へあがり本格的に勉強がスタートしていく中で、僕は自分の仕事を軌道に乗せることに必死、妻は生まれてきた娘の世話と自分の仕事と合わせて息子の世話をしてきましたが、
当時僕がやっていたようには、いろんな制約がある中とても妻は息子に時間と意識を向けてあげることが難しい状況です。それでも一生懸命やってきたところで
「まったく授業についていけてません」
という現状を知りました。
必死に頑張ってやっとやっと軌道に乗りかけてきた仕事だけれど軌道修正が必要かもしれない、
「こっちだよ…」
と言われてるのかもしれない、そんな気がしています。
それとも、もしかして試されてるのか…。
何が何だかわからない、そしてなぜだか涙が止まりません。