伝説の講演会を聴いたら営業プログラムに深みが増した

おはようございます。シラです。
今日も真我の実践に焦点を合わせて毎日を過ごすためにブログを書きます。
お読みくださりありがとうございます。

なんとなく勢いをつけたくて、佐藤先生の“伝説の講演会”を久しぶりに聴きました。

なんども聴いた音声ですが、やっぱり新しいことがどんどん飛び込んできました。今までキャッチできなかったことがたくあんありました。

その中のいくつかをご紹介。

子どもの頃にボロボロの家で「こんな家じゃ恥ずかしくて友だちを呼べない」って親に言ったら、両親が朝から晩まで一生懸命働いて2年くらいで新しい家を建ててくれた。康行のあの言葉が効いたって。親って愛ってすごいなって。

佐藤先生のご両親、2年で家を建ててしまった。佐藤先生が友達を家に呼べるように。「康行のために」ってがむしゃらにがんばって建てた佐藤先生のご両親の佐藤先生の愛の証、愛の結晶のような、その家が火事で燃えてなくなってしまったんですね。ただただ“家”という建物、住む場所がなくなってしまったんじゃなくて、お父さんお母さんの愛がいっぱい詰まったその家が燃えてなくなったんだ。

親が頑張って家を建ててくれた話と火事で家が全焼してしまった話が初めてつながりました。
佐藤先生のお父さんの落胆と佐藤先生の悲しみはどれほどだったんだろう。。だからこそ全財産をお父さんに渡して、ゼロからの再出発した佐藤先生の勢いが計り知れないくらいのものになったんだ。

家事で亡くなったおばあちゃんの葬儀の時に「康行…お前がやるんだよ…佐藤家はお前が守るんだよ…」と14歳の時に他界した大好きだったお母さんの声を聞いて、「オレがやるんだ」と東京に戻って燃えるようにセールスをした。

先日のココロ編か行動編のときに、講師が「『佐藤はこのときに何かに背中を押されるように、自分の力じゃなくてバーッと押されるよう勢いだった。ロケットのようだっだ』と話しています」と言っていました。バックモチベーションの話です。

そのスイッチがご両親の愛がいっぱい詰まった実家の家事だったんですね。それで大好きだったお母さんの声が聞こえて、ロケットのようなジェットエンジンに背中を押されたんだ。
初めて家を建ててくれた話と家事の話が僕の中でつながったとき、ウワーってひっくり返りました。

これが1番大きなキャッチでした。

ほかにも、トヨタのヨシダさんに「絶対に今日中にこの人に責任を取ってもらう」と決意して吉田さんの奥さんに宝石の素晴らしさを話す、その話が“形見のトーク”でした!全然今まで気づかなかった…

また、この伝説の講演会のときの佐藤先生は39歳、今から30年近く前だと思うのですが、すでに縦の話をしていました。
『親を大切にできない人間は人を大切にできない。人を大切にできない人間は誰もついてこないから、成功なんてできない』
そのようなことを言っていました。

立ち食いステーキをオープンするときには「時間と空間の一切の無駄を省く」と言っていました。行動編です。

昨年初めて学長の講座に参加したときに、一番最初に話されたことで
『能力×熱意×考え方』
この話があったのですが、これも伝説の講演会で京セラ稲盛さんの言葉としてすでにこのとき話してました。

講演会中にサラっと出てきた言葉で
『私の人生に練習はない』
という言葉がありました。こういうサラッと何気なく出てきた言葉に佐藤先生の本物さをますます感じました。本当にウソがない。
当時から何もぶれてない。
サラッと言った言葉だけどそれが30年も続いている。。

伝説の講演会のCDも内容を覚えてしまうくらい何度も何度も聴いたけれど、今までキャッチしきれてないことがやっぱりたくさんあり、なぜだ??と思いましたが、聴く側の自分が変わってきた証拠でしかありませんね。

伝説の講演会は推測するにレストランの経営者として乗りに乗っていて、まだ真我開発講座はなく思い方教室というのを主催している頃だと思うのですが、この頃からすべてが一貫している。

ご存知だと思いますが、ほんとうにずっと同じことを言っている。

聴く側の自分が変わっていっていることがよく分かりました。

家を建ててくれた話も
家事の話も
「康行、お前がやるんだよ」の話も
皿洗いの話も
トヨタのヨシダさんも
形見のトークも
お客さんが従業員や保証人になる話も

30年近く昔の音声で聴いて、営業プログラムや実践プログラム、神技経営を聴くと深みが増すように思いました。

教材やセミナーはすべて佐藤先生の生き様からできている。
それならば佐藤先生の過去の軌跡、生き様を知り、肌で触れることができたら、もっともっと確信が深まると思いました。

そういえば来月にそんなチャンスがありますね!

7月8日は真我奇跡の弁論大会・佐藤康行の歴史博覧会