完全、完璧、神がグルグル 「神さまの鏡」読了

こんばんは。シラです。
今日も真我の追求と仕事の実践に焦点を合わせて毎日を過ごすためにブログを書きます。
お読みくださりありがとうございます。

今日は完全・完璧・神ということについて書きたいと思います。

昨晩、友の会の時にMくん秘蔵ライブラリーから佐藤先生の「神さまの鏡」を貸してもらいました。
一気に読んでしまいました。
一度2,3年前にある方が貸してくれて読んだことあるはずなのに新鮮でした。当時アンテナでキャッチできなかったことばかり。。

せっかくなので「ああ、なるほど!」と思った個所を少しご紹介。

ー田沼さんはなぜ契約が取れるようになったのでしょうか?
 彼が『完璧』であることに気づいたからです。それは、会う人、周りの世界、起こる出来事がすべて『完璧』だということです。
 例えば、人は何らかのエネルギー体を身にまとっているとしましょう。普通、営業マンは「自分のため」に契約をとりたいと考えています。売り上げが足らない、お金が足りないと不完全から動く人は、「自分のためにお金を出してくれ」「契約をよこせ」というエネルギー体を身にまとっています。そんな人から、何か買いたいと思いますか?つい、身構えてしまうでしょう。
佐藤康行「神さまの鏡」P105より
 『完璧』という前提と『不完全』という前提では、まったく別な言い方になるでしょう。彼ががんばる理由が、収入が少ない、仕事ができない、お客さんもなかなか理解してくれないというように『不完全』ですべてに向かっていくのなら、『不完全』という結果が待っています。
 相手を『不完全』と思っていると、『不完全』な人に向けてのトークが出てきます。想像してみてください。あなたを『不完全』として扱う人が現れてきたら、どうでしょうか?「あなたはダメな人だから何とかしてやる」「私の力で助けてやる」と言われたらどうでしょう?正直、イラッとしますね。相手は、不安や恐怖をあおったり、お金を稼ぎたいという欲求を使って、あなたをコントロールしようとします。しかし、相手に対して『完璧』として対応するなら、保険をすすめる場合でも完璧な人にすすめるトークが出てきます。「あなたは完璧だ」「すばらしい」「何か役に立ちたい」という純粋な思いが相手を動かすのです。そして相手に「完璧だと気づく」という勇気をも与えるでしょう。
佐藤康行「神さまの鏡」P107
問題の答えは問題です。問題と捉えるその心で解決策を考えても、そこから導かれる答えは、次の問題となります。ですから、「完璧」であるというところからスタートするのです。
 答えはもう決まっているのです。
佐藤康行「神さまの鏡」p135
人のため人のためと言ったら偽善になりやすく、自分のため自分のためと言ったらエゴになりやすいものですが、宇宙の『完璧』は、まさに完璧に、人のためも自分のためも動じですから、迷いがないのです。
佐藤康行「神さまの鏡」p136
「問題からスタートすることが問題」
禅問答のようなことばですが、しびれました。
完全完璧からスタートするから
「吉報ですね」
だし
答えはどこに打ってもホールインワンなんだ。
いろいろな本で完璧愛ポストのワークが紹介されてるし、毎日完璧愛ポストをやってるという方も何人もいるのですが、実は僕、数回しかやったことがありません。。
次に問題と思える出来事に出会ったらやってみよ。
究極のゼロ
 人間の次元が上がるというのは、どういうことでしょうか?
人間は、何か問題があると相手を責め始めます。相手を責めるというのは、3段階に分けると一番低い段階です。その次は、自立といって自分の責任でする段階です。しかしながら、思った通りにいかないと自分を責めます。これらの段階では、相手を責めると喧嘩になりやすい、自分を責めると鬱病や精神病になりやすく、どちらにしても意識レベルが低い状態です。
 その次の次元が「ゼロ地点パワー」。これは愛と調和の生き方です。「ゼロ」とはありのままのことです。ゼロ地点に立って、ありのままの自分の弱さを認めた時に相手の素晴らしさがわかるのです。例えば、妻が自分の弱さを認めた時に、夫の逞しさがわかる。夫も自分の弱さを認めた時に妻の優しさが見えてきます。しかし、相手を変えようとすると、ゼロ地点ではなく相手を上から見ているので、争いになりやすくなります。
 普通の人は、100%を目指そうとしますが、次元が上がるとゼロに戻るのです。『完璧』は究極のゼロ、神の世界です。そのままで完全であることに気づくのです。神の世界は、時間も空間も、物質もない世界です。
佐藤康行「神さまの鏡」P18~19
N川さんが言っていたデジタルマジックミラー、これだったんだ。
たとえば1~9(10だったかな?)の評価があったとして「自分は平均よりちょっとできるくらいのいちにはいるから6かな」と自己評価をすると、
1~5だと思う人たちに対しては上から目線、見下すような感じになり、
7より上の人には羨んだり嫉妬したり
では同じ6の人にはどうか?
負けないぞとライバル心を燃やしたり、ちょっとでもその人が上に行こうもんなら悔しく思い、ちょっとでも自分が上に感じたら優越感。
心が穏やかではありません。
だけど自分がゼロになったらどうか?
みんなすごい人であり、みんな先生になる。
これが我をなくす(=ゼロになる)ということであり、さらには目の前の相手が100になるということ。
これらの話がパチンとつながり、完全完璧と我を外す、ゼロになるということが結びつきました!
「神さまの鏡」みんなが「いい、いい」と言う意見に賛成です。


長くなりますが、どうしても書き残しておきたいので続けます。

ときどき覗くNaspcのサイトをたまたま今朝、覗いてみました。
そうしたら「ニーズ、シーズ、神シーズ、神対応」という学長の話でした。

詳細は省きますが「神対応」というのに、これまたしびれました。

完璧からスタートする

神対応

そして今日φ(..)メモメモしたこと

相手を神として尊重する→あなたのファンになる=人の心が引き寄せられる

神シーズ=人間の尊厳、認められたい認めたい、命の活かし方、豊かさ、幸福…

実践とは相手の求めているものを叶える


昨晩の友の会で

Kさんがフィードバックをすると涙がボロボロ…

次の人にKさんがフィードバックするとまたその人が涙がボロボロ…

そして僕にフィードバックしてくれたとき、僕はウワーっと嬉しい気持ちがこみ上げてきました。

Kさん、神対応していたんですね。

相手の神を見る

相手に相手の神を売る

神シーズを叶える

今日は1日中、完全、完璧、神というワードがグルグルしてます。

さて、寝る前の心のシャワーを浴びることにします。

まとまりのない長文にお付き合いありがとうございました。