手放す、両足で踏み込む

おはようございます。シラです。
今日も真我の追求と仕事の実践に焦点を合わせて毎日を過ごすためにブログを書きます。
お読みくださりありがとうございます。

昨日は浜松講演会。清々しい気持ちの朝でした。
なぜ清々しい気持ちだったか?やるっだけのことをやったから。
講演会に行くとか行かないとかじゃなくてやるだけのことをやったという清々しさ。

ほんとうはもっともっと前から分かってていたんだから早く誘えばよかったんだけれど、躊躇している間にこの週の予定がボンボン埋まっていき、1つ1つの予定を説明して理解を得ながら予定をこなしていくのが精一杯でした。

結果、妻が仕事から帰宅した講演会前日の夜になってやっと浜松のことを妻に伝えました。前回、伊勢志摩講演会の時はおっかなびっくりの超へっぴり腰で
「佐藤先生の講演会が今度あるんだけどいっしょに行かない?」
と妻を誘う言葉を出すだけで精一杯でしたが、今回は

なぜ佐藤先生の講演会に一緒に行きたいと思って誘うのか?

その一点に焦点を絞って誘いました。

返事は「行かない」

前回は講演会に誘ったことをきっかけに、それまでに妻の心に溜まった大量のゴミをぶつけられましたが、今回それはなかったです。実際は同じようにいろいろ言われましたがまったくゴミとは感じませんでした。

ただ言われることを受けとめているうちに、おっかなびっくりでへっぴり腰で踏み込めず、ずっと握りしめていたものをパッと手放しました。

「もうこれ以上、自分が正しい、自分と違う相手は認めない、自分が理解できないことは認めないのが続くんだったら、オレのことを分かろうという姿勢ができないんだったら離婚しよう。分かってくれなくてもいい。分かろうという姿勢がずっとない。」

部屋の向こうで2歳になったばっかりのゆーちゃんがご機嫌にチューリップの歌を歌う声とこーちゃんが布団に入りながらユーチューブでゲームの解説動画を観ている音が聞こえてきて、

(もう、この、ゆーちゃんの歌声もこーちゃんとゲームしたり、ユーチューブばっかり観てることを叱ったりする、いつもの生活もないんだ)

と思ったら涙が溢れました。

いつにない態度を感じたのか、妻は僕の話を聞きながらずっとメモをはじめました。

もう、講演会に行くとか行かないという話ではなく、どうしたいのか、どうして欲しかったのか、仕事も夫婦も親子も全部つながっていて同じこと、認める認めない、認めてほしい分かって欲しい、相手を裁く自分を裁く、どうやって世界を見てるのか、もう遠慮も気遣いもしない、

そんなようなことを話したと思います。たぶん。
堰を切ったように話しました。
欠点発見もしました。しかも、たすき掛けの欠点発見。

妻は心当たりがあることもたくさんあったと思いますし、訳が分かんなかったこともたくさんあったと思います。

ずっと握っていた何かを手放した。

朝起きて、ベランダでコーヒーを飲みながら朝日を見て清々しい気持ちになりました。そして、もう一度布団にもぐりました。

二度寝から起きて朝ごはんを作っていると、妻が起きてきて

「どう?気持ちは変わらない?」

と聞かれたので

「覚悟して言いたかったことちゃんと言ったからスッキリだよ。で、結局今日行くんだっけ?」

とぼけた顔して聞いてみました。

時計を見ながら、

「さわやかでハンバーグ奢ってくれるの?」


講演会に行く行かないはもうどうでもよくて、自分の中でずっと握っていたものを手放せただけで十分だったけれど、どうせ手放したんだからと、とっさに思いついて出た言葉で急遽出かける準備をして家族で浜松へ向かいました。

15分ほど遅刻して会場入りしました。
一番後ろの席で家族で参加をしました。
妻がこーちゃんがゆーちゃんが横で一緒に佐藤先生の話を聞きました。

人一倍価値観の枠が強い妻は、途中から席を離れたくてしょうがないのが伝わってきましたが、子どもたちのことは僕が面倒を見て妻には佐藤先生の話を聞いてもらいました。

途中休憩のときにTさんの奥さんN子さんが妻と話をしてくれました。
離婚の話をする妻に対してNさんが

「それくらいの覚悟で誘ってくれたんだね~、A香さんそれくらい一生懸命にシラさんに思われてるんだね~」

さすがTさんの奥さん。なにも講座を受講せずとも真我のオウム返し、でした。

妻はやっぱり違和感いっぱいで居心地悪く中座もありましたが、講演会最後まで話を聞きました。僕が初めて佐藤先生の講演会に参加した時も勝手にアウェイ感満載でした。妻が居心地悪く感じたのも当然だし、いい状態だと思いました。前の晩、自分の理解の範疇を超えたものを全否定する姿勢が耐えられない、と伝えたのが影響したかもしれません。最後までいて、佐藤先生の話を聞いていた。それだけで、僕のことを分からないけど分かろうとしようとしている姿勢に感じました。

会場を出て、ハンバーグを食べに行く車の中で、妻が感じた違和感や、宗教じゃないって言ってるけど宗教としか思えないとか、私も子どもの頃のイヤだったことを写真に撮ってるとか、いろんな話が出てきました。

講演会の話はさわやかに着くまでで、さわやかに着いてからは話題はすっかりハンバーグに変わりました(笑)

僕がはじめて佐藤先生の講演会に参加した時、僕は人生どん底真っ暗闇の状態から、仕事をする環境が変わりスケジュールがバンバン入りカレンダーがびっしりになるターニングポイントでした。その時は分かりませんでしたが後から振り返ってカレンダーを見ると名古屋講演会からでした。

妻にとって昨日の講演会がどうなのかはわかりません。きっと後から振り返ってわかることでしょう。

自分にとっての浜松講演会はずっと握りしめていた何かを手放した、ターニングポイントでした。やっぱり参加する前までですでに何かがありました。講演会を準備設営してくださったみなさま、ありがとうございます。